第四章:製造業のコンセプター ~その役割とあり方~
2024年7月24日
日本の製造業にはグレート・リセットが必要です。 根本から変わらなければならないと思っています。 このコラムでは、日本の製造業にグレート・リセットが必要な理由を詳細に書いていきます。 日本製造業復権の主人公は、製造業に携わる皆さんです。 このコラムがそのための議論のきっかけを提供できれば、それ以上にうれしいことはありません。 栗崎 彰 |
コンセプター・・・職業なのか肩書なのか
コンセプターという言葉は、まず一般的には、聞き馴染みのない言葉だ。
調べてみると、日本では、マーケティングやデザインなどのクリエイティブ分野の職業や肩書として多く使われているようだ。
スマートでおしゃれな仕事といった印象だ。
これに異論を挟むつもりはないが、前章で紹介した「製造業のコンセプター」とはイメージが異なる。
CTOとの違い
会社の技術を統括するCTO(技術最高責任者)という役職があるが、これは会社の既存の技術戦略について、会社の経営を含めた意志決定を行うことが主な役割である。売上に直結するショートスパンな意志決定を行う。
一方で、遠い未来までを視野に収め、自社へのIT技術導入を練り込む役割として「コンセプター」というものがある。
コンセプターとCTOの役割は異なる。
CTOはあくまで経営陣のひとりであり、現状の技術のコマをどう使って利益を最大化するかに軸足がある。
コンセプターは、経営には一切、口を挟まない。
ひとつの技術分野で圧倒的に秀でた知見を持ち、それをコアとして、周辺技術からその会社ならではのソリューションを紡ぎ出す。
技術者だけでなく、他部署の人たちからも一目置かれ、CEOやCTOとフレンドリーに、またフランクに対話する。
私は、世界に市場を持つ、ソフトウェア会社とハードウェア会社で働いた。
そこには、確かにコンセプターと呼べるヒトたちが存在した。
製造業のコンセプターはどうあるべきか。私なりの考えを述べたい。
業務改革の専門家集団
例えば3D CADを導入すると決まったとき
実例を挙げるため、少々90年代の話をさせてほしい。
ものづくりには必須であった図面は、古くは手描きだった。
定規やコンパスを使って、製品の詳細を図面化していた。
それらの道具をコンピューター上に再現したのが、2D CADだ。
2D CADによって図面を速く、キレイに描けるようになった。
これまで設計室に並べられていたドラフターという製図台が撤去され、それに代わり、コンピューターのディスプレイが設置された。
3D CADは、製図道具のメタファとして導入された2D CADとは考え方が根本的に異なる。バーチャルエンジニアリングの波に背中を押され、欧米ではあっという間に、3D CADが製造業の基幹ツールとなった。
基幹ツールなので、各企業の基幹情報システムと部分的にでも統合されなければならない。
3D CADで作られた3Dデータを活かそうとすればするほど、基幹情報システムとの統合度合いは高くなる。
それどころか、3D CADの導入によって、設計製造の業務プロセス自体を変えなければならない。
この3D CAD導入の仕事は、自社内の基幹情報システムを知っているだけでは成し遂げることはできない。
導入しようとしている3D CADについては無知だからだ。
その反対に、企業の情報システムに使われている技術はそうたくさんのバリエーションがあるわけではない。
標準的な技術と製品が組み合わされてできていることが多いので、知識の習得が可能だ。
欧米で見た、“プロセスオフィス” と “コンセプター”
そのような時期、私は米国やフランスで、3D CADの開発販売を行っていた企業に勤務していた。
両社とも顧客は主に製造業で、欧米をはじめ多数の国に存在していた。
製造業に3D CADを納入する仕事は、社内の「プロセスオフィス」という組織が行っていた。
そのカウンターパートもまた、3D CADを導入する製造業側の「プロセスオフィス」だ。
プロセスオフィスは、全社的に業務プロセスを見える化し、分析を行い、生産性の向上を図る専門部隊だ。
ツールの導入元および導入先双方のプロセスオフィスがタッグを組み、3D CADの導入から本格稼働までをサポートしていた。
このプロセスオフィスのエキスパートたちをまとめていたのが、今で言う「コンセプター」だった。
まとめていたといっても、マネージャーや管理の仕事をしていたわけでもなく、上層部からの指示を伝えていたわけでもない。
どんな人物像だったかを思い出してみると、ふらふら、うろうろと吟遊詩人的に社内を放浪し、雑談の合間に方向性を提示しているような、なかなかに不思議な立場の人間だった。
いつも笑顔でコミュニケーションに長け、ヒマがあれば技術系の論文を読み、周囲に尊敬され、「彼がそう言うなら、やるしかないね」と物事が進んでいく。
豊富な知識と問い合わせへの責任感ある対応で、正に組織を自在に縦断していたような、稀有な存在だった。
あのとき、3D CADを導入して設計製造の業務プロセスを抜本的に変えるという一大プロジェクトの数々がスピーディに進んだのは、このコンセプターたちのおかげだと考えている。
日本で今もよく見る、“委員会制度”
これが、同じ頃3D CADの導入が始まりつつあった日本ならどうだろうか。
「3D CAD導入委員会」のような一時的かつ兼務的な集団が定義され、プロジェクト化される。
好む好まざるに関わらず、関連部門からプロジェクトメンバーがアサインされる。
はじめての会合で「これ、何のために集まったの?」と隣りの人と尋ね合う。
これでは業務改革の専門家集団であるプロセスオフィスの面々と同じような仕事ができるわけがない。
当然、3D CADの導入も基幹情報システムとの統合もスピーディに進まず、社内への浸透も遅れることになる。
身に覚えがある方もいるのではないだろうか。
当時は技術進歩のスピードも緩やかで、一時的かつ兼務的な集団でも新システムの導入に対応できていたであろう。
ところが誰もが分かるように、今はそんな時代ではない。
テクノロジー・ウェイブ(技術の波)を乗りこなすために
その技術は今、「S字カーブ」のどこにいるのか
米国の経済学者クレイトン・クリステンセン著の現代の古典、「イノベーションのジレンマ」という書籍で、「技術のS字カーブ」が解説されている。
ヒットした製品やサービスはすべてS字を描くライフサイクルがある。
ゆるやかな導入期からはじまり、成長期を迎えて加速し、やがて成熟期となる。
そこが頂点だ。
後は時間の経過とともに、飽和期に入り、そして衰退期を迎える。
以下は、テクノロジー・ウェイブ(技術の波)の具体例として私が図にした、米マイクロソフト社のサービス推移だ。
S字ライフサイクル例:マイクロソフト社サービス
マイクロソフト社の技術にはそれぞれライフサイクルがあるが、その衰退期が訪れる前に、次にくる時代と技術の波を見極め、それに乗り移っている。
近年に近づくほど打ち寄せる波の間隔は狭まり、スピード感を増す。
創業者を始めコンセプターだらけだった同社の技術刷新の偉大さを、改めて思い知る。
この波を見極めることこそが、製造業におけるコンセプターの役割ではないだろうか。
製造業で成功している会社は、このようにテクノロジー・ウェイブを見つけ、捉え、乗りこなしている。
日本の製造業は、要素技術には比較的強い。
しかし、それは波のひとつに過ぎない。
波はやがて衰退する。
欧米の製造業のコンセプターたちは、今、乗っている波から、いくつもの波を観測し、次に乗る波を見極める。
波より高い視座がなければできないことだ。
私が米国のSilicon Graphics, Inc.(以下SGI社)というハードウェアメーカーに勤務していたとき、「Solution Architect」という肩書を持つ人々がいた。
社名のとおり、グラフィックスとブロードバンド・ストリーミングに強いコンピューターを扱っていた。
今では誰でもNetflixなどの動画配信を利用できるが、そのコア技術を二十数年前に確立し、自社のハードウェアの特徴を知り尽くしたSolution Architectたちは、世界に通用するソリューションを組み立てていた。
彼らもまたコンセプターと言える。
昨今、テクノロジー・ウェイブの変容スピードは、一昔前とは桁違いに高まっている。
米BroadcomによるVMware製品のOEM供給のように、ライセンス形態が突如として変わったりする。
世に出た途端爆発的に広がった生成AIの活用アイデアを、短期間で出すことが当たり前に要求されたりする。
こんなとき、自分の力ではどうにもならない世の中のトレンドを把握し、自社の業務に結びつけ、実現可能なソリューションを編み出してくれる存在がいたら。
そんなコンセプターこそが、今の日本の製造業に必要なのではないだろうか。
日本にコンセプターは根付くのか
SGI社の日本法人で出会った凄腕コンセプターのことは、今でも思いだす。
欧米で見たコンセプター同様、自由なヒトだった。
では、そんな人材をどうやって見つければよいのだろうか。
もしくは、社内の潜在的コンセプターを見出せる方法はあるのだろうか。
前章で、組織改革の方法の一つとして、「経営層から担当者層まで一気通貫のエレベーターのようなものを設置する」と述べた。
一般的な社員がこのエレベーターに足を踏み入れるには、相当な勇気がいる。
できれば避けて通るだろう。
しかし、コンセプター気質の人がそのうち乗り込んでくる可能性は高い。
エレベーターでも、はしごでもいい。
組織を縦断させる自由通路を作り、受け入れる土壌を用意することは、どの企業でもすぐにできることではないだろうか。
自社のテクノロジー・ウェイブを乗りこなせる人材を見つけられるなら、早いに越したことはない。
テクノロジー・ウェイブの流れを追いながら読んでいただけるよう、マイクロソフト社のサービスを描いたS字ライフサイクル例に、解説と動きを追加した動画を作成した。
同社のコンセプターたちがいかに腕利きか、改めて感服する。
※本動画は、マイクロソフト社公式のものではなく、あくまでも筆者が個人的に作成したものであることをご理解いただきたい。