第十五章:製造業ファースト!
2025年10月29日
| 日本の製造業にはグレート・リセットが必要です。 根本から変わらなければならないと思っています。 このコラムでは、日本の製造業にグレート・リセットが必要な理由を詳細に書いていきます。 日本製造業復権の主人公は、製造業に携わる皆さんです。 このコラムがそのための議論のきっかけを提供できれば、それ以上にうれしいことはありません。 栗崎 彰 | 
新しい時代の幕開け ― 高市首相誕生と「ジャパン・ファースト」の流れ
    
自民党総裁選を経て、高市首相が誕生した。
「JAPAN is back」
「日本の国力を強くしていきたい」
「ジャパン・ファースト」
――その言葉には、長く停滞してきた日本社会への焦りと希望が込められている。
私が掲げたいのは、「製造業ファースト」である。
グローバル化の波の中で、日本の価値観は薄まり、ものづくりの誇りも揺らいだ。
今こそ産業界もまた、「ニッポン製造業ファースト」を掲げなければならない。
ものづくり大国を築き直す気概を高めるときだ。
「誰かのための日本」ではなく、「自分たちのための日本」を再び築き直す時代の幕が上がったのだ。
高市首相の誕生は、まさにその流れを象徴している。
ニッポンの新しいリーダーに期待を込めて、「製造業ファースト」が必要な理由を述べる。
目次
- 経済の地盤沈下 ― 「富を生み出す力」を失いつつある現実
- ニッポン製造業復興への道筋:現物主義の栄光から「デジタルすり合わせ設計」への移行
- DXの挫折、AIブームの幻想、そして本当の課題
- 「製造業ファースト」が描く日本の未来
1.経済の地盤沈下 ― 「富を生み出す力」を失いつつある現実
    
かつて日本は世界第2位のGDP大国だった。
世界中が日本の製造業を学び、日本の品質を称賛した。
だが今、その栄光は過去のものとなり下がった。
本コラム第二章「Japan WAS No.1」でも述べたように、日本のGDPは相対的に低下を続け、世界に占める割合も下がり続けている。
国際競争力ランキングでは、かつて上位常連だった日本が、今や38位にまで転落した。
これは単なる順位の問題ではない。
「富を生み出す力」を失いつつあるという、痛ましい現実である。
そしてその根本原因こそ、製造業の競争力低下である。
日本経済の土台は製造業にある。
自動車、電機、精密機械――いずれも日本を支えてきた産業だ。
しかし、いまや世界の競合が次々とデジタル化を進め、開発スピードを数倍に引き上げている。
日本は過去の成功体験に縛られ、変革の一歩を踏み出せていない。
2024年、世界経済フォーラムは、製造業の変革を推進するための指針となる先進的な工場「Lighthouse」として、新たに22工場を選出した。※1
19工場が第4次産業革命(4IR)のライトハウス(E2E含む)として、3工場が環境影響を低減する持続可能性ライトハウスとして選ばれたらしい。
日本の工場で選ばれたのは、ゼロ。
これまでLighthouseとして認定された世界の工場172件のうち、日本の工場はたった3件である。
国別の最多数は中国で、60件を超えている。※2
今こそ、国を挙げて「製造業ファースト」を掲げる時である。
製造業の再興なくして、日本の再生はあり得ない。
| 【参考】 ※1:"World Economic Forum Recognizes Leading Companies Transforming Global Manufacturing with AI Innovation" ※2:「中国におけるライトハウス工場について」 | 
2.ニッポン製造業復興への道筋:現物主義の栄光から「デジタルすり合わせ設計」への移行
    
日本の製造業を語る上で、「現物主義」は避けて通れない。
現物を前に議論し、現場で汗を流しながら最適解を見出す。
この「すり合わせ設計」の文化こそが、日本の高品質を支えてきた。
手間と時間を惜しまない職人気質は、世界が驚嘆した日本の象徴であった。
しかし、いまやその誇りは裏返しとなり、重い鎖となっている。
本コラム第六章「周回遅れのニッポン製造業のデジタル活用」では「職人技は『善』から『悪』に変わった」という衝撃的な言葉も紹介したほどだ。
設計はデジタルで始まっても、試作品ができると現物を軸に議論が始まり、デジタルデータは役目を終える。
結果、膨大な時間とコストがかかり、世界から取り残される。
一方、欧米や中国では、3D CADやCAEを中核に「デジタルツイン」や「デジタルスレッド」を構築し、現物による確認を最低限にして開発を進めている。
デジタル空間でのシミュレーションが、かつての現物試作以上の精度を誇る時代になったのだ。
にもかかわらず、日本は現物にこだわり続けている。
それが日本の強みであり、同時に最大の弱点である。
では、日本の伝統を切り捨てるべきなのか。
否である。
むしろ、そこにこそ未来がある。
日本の強みは「すり合わせ」という設計文化にある。
問題は「何をすり合わせるか」だ。
現物ではなく、デジタルデータを軸にすり合わせを行う――それが「デジタルすり合わせ設計」である。
私はかつて、その力を目の当たりにした。
韓国の知人K氏は、設計者だが図面をほとんど読めなかった。
そのため、日本の設計者たちからは嘲笑されていた。
しかし彼は3D CADを駆使して設計を行い、CAEで強度を即座に検証した。
日本の設計者がトレーサーに図面化を依頼し、試作を繰り返していたころ、彼はデジタル空間ですでに設計を完成させていた。
結果として、K氏の製品は一度の試作で完成に近づき、市場投入までのスピードは日本のそれをはるかに凌駕した。
この違いこそが、「デジタル・エンジニアリング」の力である。
もし日本の現物すり合わせをデジタルに置き換えられれば、開発のスピードは飛躍的に上がり、品質はさらに磨かれるだろう。
日本の「細部まで詰める文化」は、デジタル空間でこそ真価を発揮する。
伝統を捨てるのではなく、進化させるのである。
3.DXの挫折、AIブームの幻想、そして本当の課題
    
ここ数年、「DX」という言葉が日本中を賑わせた。しかし、期待されたような成果を上げた企業はほとんどない。
なぜか。
現場が変わらなかったからである。
データが整備されず、設計そのものがデジタル化されていない限り、DXは絵に描いた餅だ。
そして今、AIブームが再び日本を席巻している。
「DXの次はAIだ」と言わんばかりに、多くの企業が飛びついているが、AIは魔法ではない。
AIは入力するデータがなければ動かない。
ここにきてようやく、ニッポン製造業は「データがない」という課題に気づく。
AIに必要なのは、整備されたデジタル基盤である。
そしてその基盤は、設計・製造の現場が真にデジタル化されて初めて生まれる。
CADやCAEのファイルが保存されていても、それらが整理され、構造化されていなければ、ただのゼロとイチの塊にすぎない。
AIに夢を見る前に、まず設計と生産をデジタルでつなぐことが必要である。
4.「製造業ファースト」が描く日本の未来
    
高市氏の「ジャパン・ファースト」と「製造業ファースト」。
この二つは同じ根を持つ思想である。
自国の力を信じ、再び立ち上がるという決意だ。
「現物主義」という伝統を尊重しつつ、それをデジタルの力で再構築する。
その先にあるのは、品質とスピードを兼ね備えた“新しい日本の製造業”である。
そのための国家戦略として、「製造業ファースト」をぜひ推し進めてもらいたい。
ものづくりを中心に据え、デジタルを血肉化させ、日本の製造業を再び世界の頂へ押し上げる。
これこそが、高市政権に掲げてほしい「日本再生の核心」である。
そこにこそ、日本が再び世界に誇れる未来がある。
政治が変わり、価値観が揺らぐこの時代に、日本の再生を支える最後の砦は、やはり「ものづくり」なのだ。
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また、共に「デジタル創工房※後述」を立ち上げた内田孝尚氏の最新作をぜひ読んでいただきたいと考え、ご紹介しています。
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 製造業においてデジタル化が普及する中、日本ではシミュレーションツールであるCAEの活用が遅々として進まない。世界の常識であるCAEを「ツール」ではなく「企業戦略」として活用すべき時が来た。 | 
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 著者:内田孝尚 | 
※当選者の発表は、賞品の発送をもって代えさせていただきます。
電話やメールでの当選結果のご質問にはお答えできませんので、ご了承ください。

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