Coffee Break vol.1:皆さんからのお便りにお返事します
2024年10月30日
日本の製造業にはグレート・リセットが必要です。 根本から変わらなければならないと思っています。 このコラムでは、日本の製造業にグレート・リセットが必要な理由を詳細に書いていきます。 日本製造業復権の主人公は、製造業に携わる皆さんです。 このコラムがそのための議論のきっかけを提供できれば、それ以上にうれしいことはありません。 栗崎 彰 |
今回はコーヒーブレークとして、このコラムを読んだ皆さんからのお便りを紹介したいと考えています。
このコラムを書き始めてから、読者の皆さんからさまざまなご感想やご質問をいただきました。
やはり製造業の方が多いようで、どれも示唆に富んだ貴重なご意見で、大変ありがたく感じています。
これから何回かに分けて、この誌面上でお返事させていただきます。
✉ その① CAEの教育・普及への課題と、他国企業への危機感
✉ その② 理想を捨てる葛藤と、次世代への技術の種まき
✉ その① CAEの教育・普及への課題と、他国企業への危機感
私が所属する会社も同じくCAEの教育、普及に課題があります。
中国企業が市場を席捲しだしており、非常に危機感を覚えるなかで、永続的に存続していくためには頼りになる後進を育てていくことだと思います。 (原文ママ)
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製造業にて、解析技術を担当されている方からのご意見です。
第五章で取り上げたCAEの教育に関してのご意見をいただき、ありがとうございました。
「CAEの教育、普及に課題がある」とおっしゃっているということは、そのような立場におられる方と推察いたします。
数年前話題になった「ある製品やサービスの利用者数が5000万人に達するまでにどれだけの期間がかかったか」というチャートをご存じでしょうか。
飛行機は68年、テレビは22年、携帯電話で12年、インターネットで7年かかっています。
このインターネットが広まってから、それをインフラとして様々な製品やサービスが誕生しました。
文字通り、ネットワークのチカラは強力でした。
利用者が5000万人になるまで、YouTubeが4年、X(Twitter)が2年、ポケモンGOに至っては、わずか19日です。
私は、四十数年、この仕事をしていますが、CAEが飛行機や自動車、携帯電話のように「民生化」しているとは思っていません。
YouTubeはたったの4年でユーザー5000万人超え…。
CAEたるや雲泥の差です。
CAEとそれに関わる人達のポジションを高めるために費やした私の四十数年は何だったのか…。真剣に悩むときがあります。
何がいけないのか。
これほど長年やっているのに、これほど浸透しないことってあるのでしょうか。
日本と欧米・中国の技術姿勢の違い
CAEを浸透させようと努力しているのは、私だけではありません。
意見をいただいた方をはじめとして、本当にたくさんの人がCAEを広めようとさまざまな努力をしています。
CAEは、ものづくりに無くてはならない技術であり、それは欧米や中国が証明しています。
これらの国々では、デジタル技術のひとつとしてCAEを捉え、実践しています。
私が師と仰ぐ方がいます。自動車会社で長年、デジタル技術の導入に携わってきた方です。
その方は、国際的な展示会に何度も参加されています。
その展示技術の動画を見せていただきました。
バーチャルの車の運転席に座り、眼の前のディスプレイには、バーチャルの街並みの画像が広がります。
運転を開始すると、路面の振動をリアルタイムで計算し、サスペンションにその振動を伝え、搭乗者にフィードバックします。
ちなみに欧州の主要な道路の凹凸データは販売されているそうです。
我が師は、このような先進性を目の当たりにして、大いに驚いたそうです。
これは20年前の話です。
欧米の先進的かつ実用段階のデジタル技術に触れた我が師は、大学や企業でそのデジタル技術を熱く語ったそうですが、その反応は冷ややかなものでした。
「どうせデモの領域を出てないでしょ…」
「こんなのは、本当は実現できていないと思いますよ…」
大学や企業は、欧米のデジタル技術を色眼鏡をかけて評価していたのです。
どんなに素晴らしいデジタル技術であっても、斜に構えた態度ではその本質を見誤る可能性があります。
これは予想ですけれども、中国などは新しい技術に触れた時は、目を輝かせ、貪欲に追求し、やがて我が物としてしまいます。
このマインドの違いが、中国が市場を席巻している原因のひとつだと思っています。
そしてそれは、育成される側の技術者にも同じことが言えるのではないでしょうか。
技術に興味を持つことなく「仕事だから…」という技術者より、「えっ、その技術ってどうなってるんですか?」と言う技術者の方が育て甲斐があるに決まっています。
CAEの教育と普及の分離の必要性
最近、考えていることがあります。
私が存じ上げているCAEの普及や教育に携わっている方々のほとんどは、「CAEをよく知っている人」です。
CAEはある意味、特殊技術ですので、CAEに知見のある人がCAEの導入に関わることになります。
そしてその「ついで」に、会社や上司から「あなた、CAEのこと、よくわかっているのだから、教育して普及させてみんなが使えるようにしてください。」とか言われるのです。
CAEを知っていることと、CAEを普及させることは、別の仕事だということに今更ながら気づきました。
CAEを広める仕事を解析専任者から分離し、会社組織のプロ集団であるマーケティングに任せるべきです。
彼らの知見やアイデアを活かして、CAEの普及を進めるのです。
CAEという文化を会社に広めるのは、CAE技術者が片手間でできることではありません。
頼りになる後進を育てることも、マーケティングなどほかの部署を巻き込むことも、組織と人事に関わる重要な課題です。
本当にできるのかな…と不安もあります。
でもイチローはこう言っています。
「小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くただ一つの道」だと。
ともに小さなことから、はじめましょう。
私もそうします。
✉ その② 理想を捨てる覚悟と、次世代への技術の種まき
『自分が使う技術の端から端までわかっていることは理想ではある。しかし現実がそれを許さない。正論と理想を捨て去る必要がある。』について、その通りだと思った半面、理想を簡単に捨て切れないとも思いました。
(例えば、「魚屋は適した魚を卸してくれる人、寿司屋は売ってもらった魚を適切にさばいて寿司を握れる人」という寿司屋より自分で目利きができる寿司屋のほうがカッコいいように見えてしまう。しかしながら、寿司屋が漁師のことまで知っている必要があるという人はいないだろうから、程度問題かもしれない。)
(原文ママ)
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製造業にて、機器設計を担当されている方からのご意見です。
本コラム第五章の中で、私が強調したいポイントに同感していただき、ありがとうございました。
寿司職人の例は、なるほどと思いました。
書いた本人が言うのも何ですが、「正論と理想を捨て去る必要がある」という言葉は強すぎる主張だと思います。
理想を追求することは、美しく尊いことです。理想を追求することそのものが理想です。
自分が使う技術すべてを隅から隅までわかっていることは理想ですが、現実がそれを許さないことは事実です。
私たちは、Suicaの仕組みを知らずに今日も駅の改札を通ります。
キャッシュカードの仕組みを知らずに銀行で現金をおろします。
携帯電話の仕組みを知らずにインターネット経由でメールを送ります。
考えてみれば、数多くのブラックボックスに囲まれて私達は生きているのです。
ご意見をくれた方もそれは百も承知とのこと。
でも理想を簡単に捨てきれない、ともおっしゃっています。
程度問題は限度問題
コラムでは「正論と理想を捨て去る」と書きましたが、それは限定的なものと理解していただければと思います。
例えば、ずっと健康でありたいという理想を捨て去る必要はありません。
世界平和という理想を捨て去る必要はありません。
このコラムではCAEをはじめとした最新技術について述べています。
例えばCAEがどういう仕組みで解析し、計算しているのか、知っていた方がいいに決まっています。
そのような知見が、現象をより的確にモデル化するために役立つでしょうし、計算結果の評価もより的確なものになるでしょう。
「時間に余裕があるならば」理想を捨て去る必要はないのです。
製造業に携わるほとんどの方々は、時間に追われています。
必ず締め切りがあります。
製造業の最終目的が「いい製品を作る」ことだとします。
そのために、自分が知らない技術(例えばCAEやAI)を使うとします。
その技術の本質を知らないのは自分の責任であり、その自分を育てることを捨て去るべきだと思います。
なぜなら時間と戦わなければならないからです。
魚の目利きができる寿司職人の例をいただきました。
魚のことは魚屋に任す寿司職人よりも、自分で魚の鮮度や脂ののり具合を見抜ける寿司職人の方が確かにカッコいいですよね。
だったら寿司職人が自分で漁に出れば…というように理想はどんどん広がっていきます。
読者の方がおっしゃるように、程度問題なのです。
そして程度問題は限度問題でもあります。
私たちが理想を捨て去ったとしても、その理想は誰かが回収して、私たちが使える技術に仕上げてくれると思います。
正論や理想を捨て去ることは納得しがたいことではありますが、私は「後人への技術の種」をまいている、と自分に言い聞かせています。
他にも、多くのご感想・ご意見・ご質問をいただいており、大変励みになっています。
時間の許す限り、お返事していければと考えています。
次の回「第六章:周回遅れの日本の製造業」(近日公開予定)
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図解 設計技術者のための有限要素法 ~はじめの一歩~
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