第十七章:設計のグレート・リセットは、なぜ経営課題なのか

2026年1月28日

日本の製造業にはグレート・リセットが必要です。 根本から変わらなければならないと思っています。
このままでは日本の製造業は欧米に周回遅れとなり、さらにアジア諸国にも抜かれます。
これまでのやり方がどうの、組織体制がどうの、社風がどうの、などと言っている場合ではありません。

このコラムでは、日本の製造業にグレート・リセットが必要な理由を詳細に書いていきます。

日本製造業復権の主人公は、製造業に携わる皆さんです。
皆さんが、グレート・リセットを敢行し、その中に日本の製造業の「匠の技」、「ワイガヤ設計」などの長所を折り込み、日本独自のバーチャルエンジニアリングの手法を練り上げることができれば、日本の製造業の未来は明るいはずです。

このコラムがそのための議論のきっかけを提供できれば、それ以上にうれしいことはありません。

栗崎 彰

DXが進まない、CAEが定着しない、AIを入れても成果が見えない――。
こうした課題を、現場や人材の問題として片付けてはいないだろうか。
もし同じ問いを何年も繰り返しているなら、問題はもっと上流にある。
設計とは何か、いつ何を決める行為なのか。

この定義を経営として語ってこなかったことこそが、日本の製造業が直面する本質的な課題である。
本稿では「設計のグレート・リセット」を、技術論ではなく経営課題として捉え直す。


目次

  1. 設計は、いつの間にか「現場任せ」になっていった
  2. 設計に何を期待しているのかが、経営として定義されているか
  3. CAEを、経営の意思決定の主体にしているか
  4. 設計のグレート・リセットとは何か
  5. 静かな分岐点としての2026年

1.設計は、いつの間にか「現場任せ」になっていった

設計は、いつの間にか「現場任せ」になっていった

日本の製造業において、設計は長らく現場の裁量に委ねられてきた。
設計者は経験を積み、勘と知恵を磨き、現物を前にすり合わせながら最適解を探る。
その姿は、日本のものづくりの強さそのものであり、多くの成功を生んできた。 

問題は、その成功体験があまりに強かったために、設計という行為が経営の議論の対象から外れていったことである。

設備投資や生産戦略、事業ポートフォリオについては経営が語る。
しかし、「設計とは何か」「設計はどこまで意思決定を担うべきか」という問いは、ほとんど語られてこなかった。

結果として、設計は次第に「専門的すぎて口を出せない領域」となり、経営は設計をブラックボックスとして扱うようになった。
これは信頼の裏返しでもあるが、同時に責任の所在を曖昧にしたという側面も持つ。

設計が現場任せになった瞬間、設計の役割は暗黙知に支配される。
暗黙知は強いが、共有できない。
共有できないものは、戦略にならない。

2.設計に何を期待しているのかが、経営として定義されているか

設計に何を期待しているのかが、経営として定義されているか

多くの企業は、この十数年で大きな投資を行ってきた。
3D CADCAEPLM、そして近年ではAIやデータ基盤。

しかし、その一方で、現場から聞こえてくる声はこうだ。

「結局、開発の進め方は昔と変わっていない」
「手戻りは減っていない」
「会議での判断は、最後は経験で決まる」

これはツール導入が失敗したという話ではない。

多くの経営者は、「設計は重要だ」とは語る。

しかし、「設計に何を期待しているのか」と問われると、品質向上、コスト低減、開発期間短縮といった結果論的な言葉しか出てこないことが多い。

それらは目的ではあっても、設計の役割定義ではない。

設計に何を期待しているのかが、経営として定義されていないという話である。

 3D CADは導入されたが、単なる形状を作る道具として使われ続けた。
CAEは導入されたが、設計が固まった後の確認作業に留まった。
データは蓄積されたが、意思決定の根拠にはなっていない。

ツールは変わったが、設計の役割は変わっていない。
それでは、結果も変わらないのは当然である。

3. CAEを、経営の意思決定の主体にしているか

CAEを、経営の意思決定の主体にしているか

CAEが現場に根付かない理由として、「難しい」「人がいない」「時間がかかる」といった説明がよくなされる。
しかし、多くの現場を見ていると、より根深い共通点が浮かび上がる。

多くの企業では、CAEの結果は報告される。
スライドにはきれいなコンター図が並び、数値も図も提示される。

しかし、その結果を見て、「では、方針を変えよう」「こちらに賭けよう」と決断が下される場面は驚くほど少ない。

最終的な判断は会議で行われ、最後は「経験的にこちらだろう」と決まる。
CAEは、その判断を補強する資料に過ぎない。

つまり、CAEが意思決定の主体になっていないという共通点である。

この構造のままでは、CAEは決して主役にならない。
なぜなら、意思決定のルールが変わっていないからである。

CAEをどう使うかを決めるのは現場ではない。
経営である。

4. 設計のグレート・リセットとは何か

設計のグレート・リセットとは何か

ここで言う「設計のグレート・リセット」とは、ツール刷新の話ではない。
もっと根本的な問いである。

設計とは、いつ、何を決める行為なのか。
どこまでを設計判断とし、どこからを経営判断とするのか。
データは、どの意思決定に使われるのか。

これらを経営の言葉で定義し直すこと、それが設計のグレート・リセットである。

設計を「作業」から「意思決定プロセス」へ引き上げること。
そして、意思決定の質を高めるために、3D CADCAEAIを使うこと。

順番を間違えてはならない。
ツールが先ではなく、意思決定の設計が先である。

誤解してはならない。
これは設計部門や技術部門に対する要求ではない。

むしろ、これまで設計に判断を委ねてきた経営自身への問いである。

どの段階で、どの情報をもとに、何を決める会社なのか。
そのルールを決めるのは、経営の責任である。

設計のグレート・リセットとは、経営が設計から逃げないという覚悟に他ならない。

5. 静かな分岐点としての2026年

静かな分岐点としての2026年

新しい年が明けた。
これからの一年、設計を意思決定として捉え直した企業と、従来の延長線に留まった企業との分岐は進むだろう。

設計を意思決定として捉え直した企業と、従来の延長線に留まった企業。
その差はすぐには見えない。
だが数年後、開発力、スピード、そして競争力として、はっきり現れる。

設計のグレート・リセットとは、未来の結果を今決める行為である。

経営がその問いに向き合うかどうか。
2026年は、その覚悟が試される年になるだろう。

 


次の回 意思決定を前倒しできない企業の共通点近日公開予定

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筆者プロフィール

栗崎 彰(くりさき あきら)

金沢工業大学建築学科修士課程修了
合同会社ソラボ 代表

数値解析に特化した企業で構造解析に従事後、米SDRC社、仏Dassault Systèmes社、サイバネットシステム(株)などで、40年間以上にわたり3次元設計、解析のコンサルティングを実施。
数多くの企業で、3D CAD、CAEを活用した設計プロセス改革や設計者のためのCAE運用支援などを推進。
技術系Webサイトで連載、機械学会、公設試、大学などで講演多数。

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