第九章:3D設計のもたらす製造業ビジネス変革と日本の状況 ~内田孝尚氏との対談<後編>~
2025年2月21日
日本の製造業にはグレート・リセットが必要です。 根本から変わらなければならないと思っています。 このコラムでは、日本の製造業にグレート・リセットが必要な理由を詳細に書いていきます。 日本製造業復権の主人公は、製造業に携わる皆さんです。 このコラムがそのための議論のきっかけを提供できれば、それ以上にうれしいことはありません。 栗崎 彰 |
内田 孝尚 氏 プロフィール ![]() 1979年 株式会社本田技術研究所入社。 MSTC主催のものづくり技術戦略Map検討委員会委員(2010年)、ものづくり日本の国際競争力強化戦略検討委員会委員(2011年)、国土交通省主催の船舶産業の変革実現のための検討会委員(2023年)、機械学会 “ひらめきを具現化するSystems Design” 研究会設立(2014年)および幹事を歴任。 現在、雑誌、書籍、日本機械学会等を通じて設計・開発・ものづくりに関する評論活動に従事。 |
目次
7. 立ち上がれ。世界の現状を直視し、大局を見るリーダーたち
世界の現状のおさらい
内田 日本のものづくりのデジタル化遅れのほかに、もう一つ、日本の社会構造を見てもデジタル化が遅れていると思います。その最大の理由は、リーダーがリーダーとしての目標を示してないことではないかと。
製造分野の変革とデジタル人材
(画像提供:内田孝尚氏)
どういうことかというと、「デジタル化・プロセス化が進むこの重要な時代の大変革においてリーダーシップをとるのは、現場の担当者ではなく経営者であり政治家でなければならない」のに、それができていないということです。
リーダーたちには、まずは世界の現状を直視してもらいたいです。
例えば、メルケル首相時代の2011年のドイツは、「製造業における自動化、データ化、コンピュータ化」を念頭に置いた「Industry 4.0」を提唱しました。
「Industry 4.0」組織体系図
https://www.bmwk.de/Redaktion/EN/Infografiken/plattform-industrie-40.html
内田 この組織体系の図を見ると分かるんだけど、「政策ガイダンス、社会、リーダー(Policy Guidance, Society, Multipliers)」には、大臣クラスの参加と一緒に「労働組合の代表(Representatives of trade union)」まで入ってるんです。こんなの、日本では考えられないでしょ。
栗崎 「Industry 4.0」は、その後世界に大きな影響を与えた「第4次産業革命」の源流ですね。
内田 そうです。この発表を聞いて、すぐ反応したのが米国です。
当時のオバマ大統領は、2012年1月の一般教書演説で「デジタル化も含め、米国の製造業復活を目指す」と、さまざまな施策を発表しました。欧州の動きに大きな危機感を覚えたんだと思います。
すぐさま、大学等の研究開発と、特に中小企業をターゲットとした製造部門を連携するプラットフォームである「製造イノベーション機関(MII:Manufacturing Innovation Institute)」が、米国各地に製造分野の研究機関を設立するようになりました。「Manufacturing USA」というネットワーク名を聞いたことがある方もいるのではないでしょうか。この「Manufacturing USA」が新たに設立された研究機関の連携と方向性をコントロールしています。
米国製造イノベーション機関モデル
『通商白書2015』第2部 第2章 第1節 ビジネスモデルの変革とそれを支える各国の政策2. 米国(3)民間企業の基盤技術を支える米国の政策インフラ【コラム10】先端製造業パートナーシップ(Advanced Manufacturing Partnership(AMP))第10-3図
内田 そのMIIが設定した製造分野関連の研究機関はすでに17機関くらいになるんじゃないかな。毎年増えてます。
米国各地のMII
https://nvlpubs.nist.gov/nistpubs/ams/NIST.AMS.600-14.pdf
そして英国では、CATAPULT(カタパルト)という産業育成政策が発表され、そのシナリオに合わせ、9つの技術分野にまたがる産学連携の研究機関が設置されています。企業やエンジニア、科学者が協力して研究開発、技術普及のプロジェクト等に参加、大規模な官民連携の施策が進んでいるようです。
また、2021年には「Made Smarter」を合言葉に、製造業のデジタル技術の開発のための5つの研究センターが、大学を中心に設立されています。注1
英国CATAPULTの技術分野および所在地
https://catapult.org.uk/about-us/why-the-catapult-network/
栗崎 日本には、米MIIやCATAPULTのような、政府主導の「製造業・開発関連のデジタル技術駆使の教育や研究」にあたる機関はあるのでしょうか。
内田 残念ながらほぼゼロです。
ただし、大学の中に新しく設定した研究プログラム等には産業改革への展開を意識して動き出したものがあります。例えば、東京大学大学院新領域創成科学研究科のプログラム「MODE※1」は、海事・舶用産業におけるデジタルエンジニアリングの基盤技術の確立と実装を目的として、産官学共同で変革を進めています※2。
このような動きも始まってますが、非常にレアです。一般製造業の公的な研究機関は無いと思います。
※1:「MODE(Maritime and Ocean Digital Engineering Laboratory)」:社会連携講座「海事デジタルエンジニアリング講座」を提供(https://mode.k.u-tokyo.ac.jp/)。
※2: 船舶産業の変革実現のための検討会(https://www.mlit.go.jp/maritime/maritime_tk5_000080.html)
【参考】「東大・海事デジタルエンジニアリング社会連携講座(MODE)設置とロードマップ」(https://mode.k.u-tokyo.ac.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/12/1DCAEMBD2022_G211_Ando_Presen.pdf)
栗崎 そうですか…
確かに、他の国では、政府主導で製造業のスマート化を進めている施策は多いですね。
ドイツは、「Industry 5.0」でも国家レベルでグローバルな企業間のパートナーシップを推進していましたし。
アジアで有名なのは、中国の習近平指導部が2015年に発表した「中国製造2025」だと思います。次世代の情報技術や新エネルギーの自動車、航空宇宙分野など10の重点分野と23の品目を設定し、製造業の高度化を目指したハイテク産業政策です。注2
ASEAN最大の人口・国土を持つインドネシアも、第4次産業革命実現のためのロードマップ「Making Indonesia 4.0」を2018年4月に発表しました。注3
内田 2025年にGDPで日本を抜くと言われているインドでも、製造業の成長を発展させるために「Make in India」を国家政策として発表しました。注4
これらの国々では、政府が本腰を入れて進めているのが分かります。
栗崎 日本は置いてけぼりの状況ではないかと不安になるばかりです。
経産省は日本のものづくり産業の現状をかなり細かく分析し、「ものづくり白書」のような資料として公開していますが、広く知られていないですよね。
日本政府は、こういうムーブメントを作っていくようなマーケティングが下手だなーと思ってしまいます。
「井の中の蛙」脱却を図るには
内田 私の経験の中では、日本の中だけで、従来の日本の大学とか日本の研究機関を追いかけても、新しい情報は出てこないと思います。
まずは、ネットの情報でもいいから欧州・北米の研究機関の情報をちゃんと自分の目で見る、そして彼らのプロジェクトに参加するなど。
情報収集のためには、お金をかけないと!そこまでやらないと本当の情報は入らない。
ちなみにですが、大手マスコミの報道内容を鵜呑みにしてはいけません!
本当に大事なことは、自分で見つけていくしかないですね。
栗崎 大事な情報が外から入ってこない今の日本は、まるで「鎖国」状態ですね。
内田 その通りです。しかも、江戸幕府が戦略的に行ってきた「鎖国」風の政策とは違う、「驕り」からくる「鎖国」です。
正に「井の中の蛙」で、今のやり方は井戸を大きくすることでしかない。
どんなに大きくしても井戸は海にはならないんです。
栗崎 でもね、最近、知り合いの20代のエンジニアに言われたことがあるんです。
「栗崎さんたちの世代がうらやましい。パソコン通信からインターネット、スマートフォンの登場からAIの実現まで、この急激な社会の変化をリアルタイムで体験してきたんだから」と。
つまり、今経営者の世代は、デジタル技術が古い仕組みをどんどん変えてきたのを目の当たりにしているんだから、新しいものを受け入れるリテラシーはあると思うんですよね。
内田 そう信じたいですね。
経営層には、早急に現在の日本と世界の状況を知り、そして目標を設定したシナリオを早急に設定してほしいです。
自社でできることはなんだろうと考え、そのための目標・目的を明確にした上で、日本の各叡智とリーダーシップを集合させてほしいです。
隣にいる会社は、ライバルではありませんよ。
一緒に周回遅れとなっている仲間なんです。
仲間と一緒に協力して、製造業がイノベーションを進められるような政策を創るよう、みんなで政府に要望を出していきましょうよ。
これは、「国を良くするためでなく、あなたが明日を生きていくために必要」なんです。
これを結論としてよいのかどうか分かりませんが、今日こういう議論ができたことは本当にうれしいですね。
栗崎 こちらこそです。本日は、本当にありがとうございました。
【内田孝尚氏提供 関連資料】
- Virtual Engineering 研究会 動画
「加速するデジタル化、インダストリー4.0 の到来」(2020年11月)
https://www.youtube.com/watch?v=-SFWaq2xyCw
(企画・制作: Virtual Engineering 研究会/一般財団法人鹿島平和研究所) - 日本機械学会技術と社会部門ニュースレターより
「世界の図面変革に遅れる日本の状況と「空気を読む」習慣(2023年5月)」
https://www.jsme.or.jp/tsd/news/newsletter47/47no05.pdf - 一般財団法人 国際経済交流財団 発行 “Japan Spotlight”より (2020年5月)
「Development of a Global Manufacturing Model in the Digital Economy – a Revolution Brought About by Virtual Engineering」
https://www.jef.or.jp/journal/pdf/231st_Cover_Story_03.pdf - 株式会社日立総合計画研究所 機関紙「日立総研」Vol.17-2(2022年11月)
【特集】サイバー・リアル統合の進化:メタバースの産業分野適用
「バーチャルエンジニアリングのもたらす産業革新」
https://www.hitachi-hri.com/research/contribution/file/Vol17-2-3.pdf
【内田孝尚氏 近著】
「DX<ビジネス分岐点>DPP(デジタル製品パスポート)が製造業の勝者と敗者を決める」
日刊工業新聞社(¥2,200 (税込))
2025/02/28発売予定
https://pub.nikkan.co.jp/book/b10123616.html
【参考資料】
注1:“New £53 million funding for UK manufacturers to boost competitiveness through digital tech” 注2:出典:「中国製造2025とは 重点10分野と23品目に力」日本経済新聞(2018年12月7日 ) 注3:出典:「インダストリー4.0に向けた産業政策を発表(インドネシア)」(独)日本貿易振興機構(2018年04月12日) 注4:出典:「アジアTrend モディノミクス、「インドの難題」に着手」日本経済新聞(2014年11月8日 ) |
次の回 「第十章:「酸っぱいブドウ」と日本の製造業のデジタル化」(近日公開予定)