第八章:3D設計のもたらす製造業ビジネス変革と日本の状況 ~内田孝尚氏との対談<中編>~
2025年2月12日
日本の製造業にはグレート・リセットが必要です。 根本から変わらなければならないと思っています。 このコラムでは、日本の製造業にグレート・リセットが必要な理由を詳細に書いていきます。 日本製造業復権の主人公は、製造業に携わる皆さんです。 このコラムがそのための議論のきっかけを提供できれば、それ以上にうれしいことはありません。 栗崎 彰 |
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内田 孝尚 氏 プロフィール ![]() 1979年 株式会社本田技術研究所入社。 MSTC主催のものづくり技術戦略Map検討委員会委員(2010年)、ものづくり日本の国際競争力強化戦略検討委員会委員(2011年)、国土交通省主催の船舶産業の変革実現のための検討会委員(2023年)、機械学会 “ひらめきを具現化するSystems Design” 研究会設立(2014年)および幹事を歴任。 現在、雑誌、書籍、日本機械学会等を通じて設計・開発・ものづくりに関する評論活動に従事。 |
目次
4. 2D→3D設計へ:ビジネスの対象がまるっと変わる次元の違い
内田 まず、基本的なことですが「2D CADと3D CADの違い」について説明させてください。
1980年代半ばから拡がった2D CADにより、手書きの図面がデジタル化されました。
これで図面の管理、二次元形状のコピー&ペーストを行うとか、非常に効果的な使い方ができるようになりました。2D CADは図面のデジタル化であり、それだけでも大きな効果があったんです。
それに対して、3D CADは図面のデジタル化ではなくて形状のデジタル化になります。このため、デジタル化された形状を用いた設計機能仕様の理論的なパフォーマンスをデジタル表現できるようになりました。
具体的には、CAEを用いて、変形、強度、剛性、固有値、機構、等々の設計機能仕様のパフォーマンスのデジタル表現ができるようになったということです。
(画像提供:内田孝尚氏)
これが製造業ビジネスの大変革に繋がりました。
つまり、「形状と設計機能仕様のパフォーマンスをデジタル表現する3Dデータは、実際の製品と同じパフォーマンスを表現する」ことから、3Dの設計図が商品の役割をなすことになった。
すなわち、「ビジネスの対象がリアルなモノからデジタルデータに変わることができるようになった」のが、この3Dを用いた形状のデジタル化による効果なんです。
これによって、価値の高いところで商品を創造し、その商品を価値のあるところで売るという新たなビジネスが始まったことになります。
5. ものづくりのスマイルカーブ:価値観の変化を受け入れるべし

(画像提供:内田孝尚氏)
栗崎 ものづくりのスマイルカーブは、内田先生のプレゼンなどでよく拝見します。
内田 この図を見るとね、ものづくりの「生産・造り」の部分の価値が低いと表現されています。「そんなことはない。モノづくりのここに価値があるんだ。」という意見があちこちから聞こえてきます。
でもね、形状のデジタル化が始まって既に30年が過ぎ、CAEが市販されて60年というこの歳月の中で、物事の考え方は大きく変わっているんです。
栗崎 この図の通りで、例えば生産現場で使われていたノウハウは、デジタル化され、プロセス化されています。単純なデジタル化だけでなく、CAEを用いてノウハウを分析する等のやり方がこの数十年の歴史の中で形成されてきました。
内田 それによって、ノウハウが上流段階の商品企画・研究開発で活用することができるようになったんです。
過去においては生産段階の価値の高い「ヘの字」のように生産の部分にノウハウが固まっていました。このときは、商品企画等は会議室でただ話すだけという扱いであったが故に価値が低いと思われていました。が、それはもう大きく変わったんです。
世界では、「ノウハウのデジタル化、プロセス化、そしてモノサシ化」のような技術のまとめがこの数十年間の中で行われてきたんです。
栗崎 今から日本の会社がやろうとしても、追いつけるのかどうか・・・
内田 実際、これを今からやろうとした日本企業があるんですよ。
その会社がドイツの某研究機関にコンサルタント依頼の相談をしたところ、「そんなことは、うちを含めてみんなが数十年前からやってきた内容だ。今更そんなものがビジネスになるわけがない」と断られたと聞いています。
実際には、「いえ、ビジネスになります」と説き伏せてコンサルをやってもらったらしいですが。
6. リーダーのいない舵取りで迷走するDX
栗崎 日本の課題の一つは、この辺りのものづくり関係のノウハウも含めた内容を、デジタル化・プロセス化できていないということかと思います。
内田 私は、いろいろな企業の役員の方とお会いする機会があるんですが、デジタル化・プロセス化について、役員クラスからよく聞く言葉があるんです:
「うちはね、IT部門が弱くてね。」
これは、仕事をIT部門に丸投げしているような言い方です。
栗崎 私もよく聞きますね。
内田 経産省の「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会WG1 全体報告書」に、経営者、事業部門、IT部門そして外部コンサルタントの役割のようなことが書いてあります。
面白いと思ったのは、
「経営者はオーナーシップを持たずIT部門に投げている。IT部門は御用聞きになっている。そして経営者はビジョンを描けてない。」
ということが報告書で公開されていることです。
出典:経済産業省発行『デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会WG1 全体報告書』(2020年12月28日発行)
「デジタル化・プロセス化」は、今、世の中で使われている言葉を使うと「デジタルトランスフォーメーション」。
これには、リーダーシップをとる人がビジョンを描き、シナリオを作り、そして企業全体、産業全体を動かす力が必要となります。
何のためにデジタルトランスフォーメーションに取り組むのかという経営目標や戦略の設定が必要なんです。
それを、「デジタル人材」という便利な言葉から「デジタルを分かる人に任せる」というやり方が横行しているように見受けられます。
栗崎 おっしゃる通りで、CIOとIT部門長の違いも分かっていない。CIOは全社的な情報戦略を立案・実施する人であって、その戦略に基づいてITツールを導入し、定着させるのがIT部門長の役割です。
内田 方向性もなければシナリオも無いまま、「デジタル化だ!デジタルトランスフォーメーションだ!」なんぞと言って、マスコミの言葉なのか、日本全体の言葉なのか、目的が不明のまま活動しているつもりになっているように見えます。
デジタルトランスフォーメーションという言葉自体が単なるバズワードに過ぎない状態に見えます。
<長くなったので、後編へ>
後編では、他国の現状を紹介すると共に、今日本に必要なリーダーシップについての提言を紹介する。
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