第七章:3D設計のもたらす製造業ビジネス変革と日本の状況 ~内田孝尚氏との対談<前編>~

2024年12月23日

日本の製造業にはグレート・リセットが必要です。 根本から変わらなければならないと思っています。
このままでは日本の製造業は欧米に周回遅れとなり、さらにアジア諸国にも抜かれます。
これまでのやり方がどうの、組織体制がどうの、社風がどうの、などと言っている場合ではありません。

このコラムでは、日本の製造業にグレート・リセットが必要な理由を詳細に書いていきます。

日本製造業復権の主人公は、製造業に携わる皆さんです。
皆さんが、グレート・リセットを敢行し、その中に日本の製造業の「匠の技」、「ワイガヤ設計」などの長所を折り込み、日本独自のバーチャルエンジニアリングの手法を練り上げることができれば、日本の製造業の未来は明るいはずです。

このコラムがそのための議論のきっかけを提供できれば、それ以上にうれしいことはありません。

栗崎 彰

2024年11月、内田孝尚氏と数時間歓談する機会があった。

彼は、私にとってバーチャル・エンジニアリングの師匠と仰ぐ大先輩で、2023年には共著『バーチャル・エンジニアリング Part4 日本のモノづくりに欠落している“企業戦略としてのCAE“』も出版している。

本コラムも読んでくださっていて、日本の製造業の現状をぜひ知ってほしいと、お時間をいただいた。

内田 孝尚 氏 プロフィール

1979年 株式会社本田技術研究所入社。
2018年 同社退社。

MSTC主催のものづくり技術戦略Map検討委員会委員(2010年)、ものづくり日本の国際競争力強化戦略検討委員会委員(2011年)、国土交通省主催の船舶産業の変革実現のための検討会委員(2023年)、機械学会 “ひらめきを具現化するSystems Design” 研究会設立(2014年)および幹事を歴任。

現在、雑誌、書籍、日本機械学会等を通じて設計・開発・ものづくりに関する評論活動に従事。
著書:「バーチャル・エンジニアリングシリーズ Part1~Part5」(日刊工業新聞社)等。
東京電機大学非常勤講師、国立研究開発法人理化学研究所研究嘱託、博士(工学)、日本機械学会フェロー。


目次

  1. ものづくり白書2020年版の衝撃
  2. 日本にもあるはず、3D設計の成果
  3. 「3D設計を行うと考えなくなる!?」大学教育も周回遅れの日本の現状

1. ものづくり白書2020年版の衝撃

栗崎 内田先生、本日はありがとうございます。
こうやって二人だけでお会いしてじっくりお話しするのは久しぶりですね。

内田孝尚氏(以下敬称略) こちらこそ、「日本の製造業で3D設計がいかに進んでいないか」という、いくら時間があっても話し足りない話題に呼んでいただき、ありがとうございます(笑)

現状を分かりやすく表しているのが、経済産業省発行の『ものづくり白書2020年版』の「バーチャル・エンジニアリング」の項に書かれた、以下の部分だと思います:

「我が国の製造業では3Dによる設計が未だに普及しておらず、バーチャル・エンジニアリングの体制が整っていない。不確実性が高まり、製造業のダイナミック・ケイパビリティの重要性が増している中で、このバーチャル・エンジニアリング環境の遅れは、我が国製造業のアキレス腱となりかねないと言っても過言ではない。」注1

この版を書かれたのは、当時経産省でものづくり政策審議室長だった中野剛志さん。毎年発行されているものづくり白書の中でも、非常にエッジの効いた版でしたね。3D CADの普及率も載せていて、日本の3D設計が遅れていることからそれを普及させる必要性があることを強く示していると解釈できます。

日本の3D CAD普及率【出典】経済産業省発行『ものづくり白書2020版』

 

栗崎 3Dデータのみで設計を行っているのはわずか17.0%」という結果でしたね。
逆に、他国でどれほど3D設計が進んでいるかについてですが、以前内田先生がヨーロッパの学会で撮影してくださった、高級ブランドのハンドバッグの事例は衝撃的でした。

内田 2014年のですね。バッグの素材、形状、色、図柄、取っ手や金具なんかが一目で分かる3D形状を画面上で組み合わせて、完成品のモデルをあっという間に作っちゃう。企画会議で「こういう製品にしましょう」と決まったときには、布や皮の裁断図もでき上がってる。もう十年も前にハンドバッグ屋さんが実施していた開発方法です。

栗崎 あと、バーチャルの自動車運転3Dシミュレーションのお話もありましたよね。
運転席の前のディスプレイには、ヨーロッパの実際の風景の街並みの画像があって、シミュレータで運転を開始すると、路面の振動をリアルタイムで計算し、サスペンションにその振動を伝え、搭乗者にフィードバックする事例です。

内田 10~15年前のやつですね。このシミュレーションでは、「V社のエンジンをT社の車に積むとどんな運動性能になるか」まで分析できていました。欧州の主要な道路の凹凸データはすでに販売されていたので、それを使って。

バーチャルの自動車運転3Dシミュレーション イメージ図バーチャルの自動車運転3Dシミュレーション イメージ図
(画像提供:内田孝尚氏)

 

【注1】
出典:経済産業省発行『ものづくり白書 2020』(2020年5月29日)

 第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題
 第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
 第3節 製造業の企業変革力を強化するデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進
  2.設計力強化戦略
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2020/honbun_html/honbun/101031_2.html

2. 日本にもあるはず、3D設計の成果

栗崎 日本でそのような事例はないんでしょうか。

内田 日本では、3D設計の効果が記事になったり、マスコミで評判になったり、大きく表現されたりはしてないように感じます。理系の大学でも、「3D設計を行うと考えなくなる」というような悲観的な意見が未だにあるんです。
世界では、ビジネスのコアとしてデジタル化された3Dモデルが当たり前に流通しているというのに、まるで時代にそぐわない。

栗崎 効果が見えてこないと、3D設計の推進を躊躇する経営者が多いことも頷けますね。

内田 珍しいですが、前向きな事例もあることはあります。
先日、とある技術系のNPO団体で講演をする機会がありました。その時、質疑応答の最後の最後に、20名ほどの従業員のいる日本の金型製造会社の会長さんが発言してくれたんですが、その体験談が非常におもしろかった。
内容を要約すると、

「今から、15年以上前の2008年頃、リーマンショックで仕事が減った。今までの2Dのやり方では、将来が無いと思ったので3D CADを導入した。設計者は4~5人であったが先ず1台入れた。
当初、2Dで行っていた時に比較すると時間が倍かかってしまった。
このまま何とか進めたのだが、2010年頃には、設計者がCAEとかいろいろな検討も行っており、それらを含めても、2D設計を行っていた時と同じか、それ以下になった。
結果として、検討も含めて、考え、そして設計することから、非常に効果的になっている。
今から考えても、本当にやって良かった。
ただ、現在でも、うち(その金型メーカー)よりも大手でも、3D設計を行っていない。
それらの企業と取引をしていると、2D図にして欲しいと言ってくる。
これだけ効果があるのに、会社として規模が大きくて、余裕があるはずなのになぜやらないのだろうと思ってる。」

というようなものでした。

栗崎 非常に興味深いですね!

内田 こんな現場の声を、このような講演会の質疑応答で聞くことは極めて稀で、嬉しい気持ちになりました。
実際には、このような効果例は非常に多くあるのでしょうが、大手が3D設計に対応してないとか、周りがそれほど進んでない中でその効果の説明をしても、周りから浮いてしまうと思うのかもしれませんね。

栗崎 残念ですが、これが日本の状況なのかなという気がします。

内田 この体験談の3D設計の課題は、当初、2D設計の2倍の時間がかかったことです。
たいていの企業では、担当者が主体で3D設計を始めたとき工数が増えるなら、経営者や上長が認めないことが多いでしょう。3D設計に慣れるまでの間に指導する人の予算や2倍の工数の発生をサポートする体制が無いのが普通の企業で、この壁を乗り越えられないようです。
「やらない。出来ない。やらせない。」というような話になってしまいます。

栗崎 「うちは3D設計で成果を出している」という企業があれば、ぜひもっとアピールしてほしいですね。

3.「3D設計を行うと考えなくなる!?」大学教育も周回遅れの日本の現状

栗崎 大学等で3D設計を習っていれば、さきほど話に出てきた壁の一部は低くなるのではないでしょうか。

内田 先日、東大のI教授からお聞きした話です。
大阪にある某国立大学工学部機械工学から東大大学院に移って来た学生が、大阪にいたときは3D設計を行っていなかったので理由を調べたら、その大阪の国立大学のS教授が「3D設計は学生に悪影響を与える」と判断し、2024年に定年で退官するまで敢えて行うことを禁じていたということが判って、驚いたそうです。
このS教授は非常に影響力のある人なので、この国立大学では3D設計が普及してないようだとおっしゃってました。
実は、20年以上前に3D設計というものが始まった頃、「3D設計を行うと考えなくなる」ということはよく言われていました。
私の考えでは、3D設計を行うと考えなくなる、と言われるような設計者は、2D設計でも考えない設計者です。
図面は立体ではない平面的な「絵」ですから、形状を誤魔化すことができます。考えを詰めきれていない部分は隠すことができる。

栗崎 そうですね。故意に隠す場合もあると思いますし、気付かない場合もあると思います。3D設計はそのどちらもカバーできるというわけですね。

内田 3D設計だと誤魔化しが効かないため、考える設計者とそうでない設計者の差がはっきりとわかってしまう。だから、3D設計を始めると、もともと考えなかった設計者があぶり出され、まるで考えない設計者が増えたように見えるだけです。

栗崎 そのような20年~30年前の誤解が、未だに大学の中に存在しているということでしょうね。

内田 この大阪の国立大学とほぼ同じような状況をあちらこちらの大学から聞いています。

例えば、都内の某理系私立大学では、2023年度までドラフターを用いた2D設計製図を行っていたそうです。さすがに2024年度からドラフターを撤廃し、デジタル設計へ変更したと説明していました。ただし、手書き2D図の象徴であるドラフターは廃止するが、3D設計ではなく、2D図をデジタル化した2D CADへの変更なんです。

これまで日本のいろいろな大学の工学部を訪問する機会が何度かありましたが、形状のデジタル化ができない2D図を中心に教育している大学が未だに多く見られます。

栗崎 大学での教育も周回遅れとは・・・

内田 なお、さきほど少しご紹介した、『ものづくり白書2020』編集ご担当の中野剛志氏ですが、この白書編纂中の20201月末、私のバーチャル・エンジニアリングに関する講演を聴講されていました。
質疑応答時の最初の質問者がこの中野氏。内容は、3D設計を行うと考えなくなると言われてますが、それに対してはどうお考えですか?」というものでした。ものづくり白書を作成する段階において、この誤解が経産省にも伝わっていたことが分かります。
この質問へは、前出した内容を説明し、回答とさせていただきました。
考える人と考えない人の差が出ちゃうだけ」と。


<長くなったので、後編へ>

 後編では、そもそもの2D CADと3D CADがどのように違い、どのように使うべきかから含め、日本の製造業へいただいた提言を紹介する。


次の回 「第八章:内田孝尚氏との対談 後編」(近日公開予定)


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