第一章:ままごとバーチャルエンジニアリング ~組織の壁に阻まれる現場の進化~
日本の製造業にはグレート・リセットが必要です。 根本から変わらなければならないと思っています。 このコラムでは、日本の製造業にグレート・リセットが必要な理由を詳細に書いていきます。 日本製造業復権の主人公は、製造業に携わる皆さんです。 このコラムがそのための議論のきっかけを提供できれば、それ以上にうれしいことはありません。 栗崎 彰 |
組織の壁に阻まれる現場の進化
新しい年も押し迫っていた昨年12月20日。
ダイハツ・トヨタの共同記者会見が行われた。認証申請の不正問題の件だ。
ダイハツは同社開発車の生産を全て一時停止する。
ドアトリムとポール側面衝突試験に加え、エアバックのタイマー着火の不正加工や試験結果の虚偽記載、試験速度の改ざんなど25の試験項目で174個の不正が見つかった。
経営陣の状況説明の後、記者からの質問となった。
経営陣の責任を問うものばかりだ。
そんな中、ある記者から次のような質問があった。
「認証申請とは、法規で決められた設計性能を確認するためのものですよね。それをごまかすという事は、そもそも設計性能を満たしていない、つまり設計そのものに問題があるのではないですか?」
この質問は、私を傍観者から当事者に引き込んだ。
私は四十数年間、製造業のサポートに関わる仕事をしてきた。
製造業の本丸ではないが、その裏方として、3D CADや設計者CAEの黎明期から製造業のお客様と共にものづくりに携わってきた。
今回の不正問題の一件は、とても他人事とは思えないのだ。
期を同じくして、部品供給会社の製品の不具合でリコールも報告されている。
一体、何が起こっているのか。
近年の製品設計に不可欠なDX推進
昨今、完成車などの作りは、十数年前と比較すると複雑さが格段に上がっている。
製品の複雑さが加速度的に増すにつれて、上述の「問題がある」とされた「設計そのもの」だけでなく、設計プロセスもまた複雑になる。
これまでの日本製造業のお家芸である「擦り合わせ設計」で対応できる範疇はとうに超えているのではないだろうか。
欧米では2000年代からバーチャルエンジニアリングに取り組み、その成果が現れつつある。
仮想空間の中で製品を作り、仮想空間の中で製品の性能を検証し、仮想空間の中で制御を精査する。
日本の製造業にとっては、夢物語のようなことを実際にやっているのだ。
もちろん日本の製造業各社もこの状況を眺めているだけではなかった。
国際的な会議に出席し、時には欧米の企業を訪れ、バーチャルエンジニアリングを取り入れようと努力してきた。
その努力は今でも続いている。
そして2018年9月、経済産業省より産業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進させるガイドライン(現「デジタルガバナンス・コード2.0」)が大々的に公表。
製造業各社には「DX推進室」のような組織が作られ、製造業のデジタル化が急速に推し進められるはずだった。
では、実際にその活動の中で、何が行われているのか。
ままごとバーチャルエンジニアリング
日本を代表する自動車部品メーカーでは、3Dモデルからわざわざ2D図面を作成していると聞く。
百数十名を超える派遣社員が毎日その作業に追われている。
なぜそんなことをしているかというと、その企業では3Dのモデルのままでは生産/製造の現場で受け入れられず、紙の3面図が必要だからだという。
しかも、その紙の図面に印鑑やサインが必要となる。
場合によっては、印鑑が三つも四つも必要になるという。
3Dモデルがあるなら、そのまま設計・製造プロセスを進めるというのが、あるべき姿である。
それをわざわざ2Dに落とすという変則的かつ日本流プロセスを経ているにもかかわらず、それが正式なように取り繕っている。
3D CADも2D CADもデジタル技術の産物である。
それを使っていることを「デジタル化」と勘違いし、「DXの成果」としてはいないだろうか。
まるで樹脂製の野菜を樹脂製の包丁で切るふりをする「おままごと」のようである。
多額の投資をしたから、多数の社員が関わっているから、組織ができたから、何らかの結果を求められるのは企業人として当然のことだ。
活動の説明のために成果を部分的に取り繕うことも時には必要だろう。
しかし、上記の例は、取り繕うことが本流となってはいないだろうか。
デジタル化ごっこやバーチャルエンジニアリングごっこになってはいないだろうか。
DX化を進めるうえで、ツールやプロセスの運用テストは避けては通れない。試用が成功したことと、それを全社に展開することは全く異なる。
全社展開のためには、部署間の壁や忖度など思いもよらない障壁が存在する。
それを乗り越えるプランを経営陣が持たなければ、ごっこ遊びにしかならない「ままごとバーチャルエンジニアリング」で終わるのだ。
バーチャルエンジニアリングを、ままごとより先に進められない組織を、私はいくつも目の当たりにしてきた。
このような部署間の壁が、上述で取り上げた不正問題の一因となっている可能性を否定できず、暗澹たる気持ちになった。
経営層の責任と役割
欧米の製造業の経営層は、積極的に新しい情報を入手しようとする。
バーチャルエンジニアリングの新手法を進めると決めたら、トップダウンで現場まで浸透させる。
現場同士の壁の間に挟まったまま、新技術や新手法をトップまで届けられない日本の状況とは真逆である。
発展途上国は先進国から技術を輸入する。
たくさんの国から売り込みがあり、技術力で勝負する国もあれば、価格で勝負する国もある。
その中で、日本の技術は総合力、つまりシステムとして採用されることが多い。
システムで考えるということは、周りの環境も含めてきめ細やかな対応をしなければならない。
その基本は「想像」である。想像はバーチャルな世界からしか生まれない。
日本の製造業は、仮想世界でのものづくりが得意なはずだ。設計製造現場にのびのびとした環境を提供することこそが、経営層の重要な役割だ。
ただし日本企業も黙ってはいない。
ままごとでスタートしたバーチャルエンジニアリングから様々なことを学び、本当のバーチャルエンジニアリングに昇華させた企業もある。
建機の稼働状況などを遠隔で管理する「KOMTRAX」を世界中に供給している重機メーカーの株式会社小松製作所、農薬の精密散布システムや自動運転のEV農機を開発する農機具メーカーの株式会社クボタなどは、その先進性がメディアでも大きく取り上げられている。
経営層がDXを理解し、方針を策定、それが部門長に下りて施策を決定、その施策に基づき、現場がDXのためのルールやツールを作ったのであろう。
そのための投資は、当然経営層が決定しているはずだ。
日本は国土も資源もない。
売るものがない。
品質の高いものを作って売る製造業こそが、日本の礎なのだ。
それなのに、日本の製造業のIT投資は諸外国と比べて、圧倒的に低い。現場の努力で何とか現状を保っている。
日本の製造業の周回遅れは、戦略的かつ思い切ったIT投資をしなかった経営層の責任でもある。
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