第六章:周回遅れのニッポン製造業のデジタル活用
2024年11月26日
日本の製造業にはグレート・リセットが必要です。 根本から変わらなければならないと思っています。 このコラムでは、日本の製造業にグレート・リセットが必要な理由を詳細に書いていきます。 日本製造業復権の主人公は、製造業に携わる皆さんです。 このコラムがそのための議論のきっかけを提供できれば、それ以上にうれしいことはありません。 栗崎 彰 |
そもそも「周回遅れ」とは、どういうことか。
(出典:デジタル大辞泉) |
十数年前、日本はアメリカの背中を見て走っていた。
後ろを振り返らぬうちに中国に追い越された。
このまま行けば銅メダルだ。
その期間はそれなりに続いた。
確実な歩調とペースで後ろを走っていたドイツに抜かれた。
そして今、インドの足音と息づかいが聞こえている。
これはGDPという成績に表れている。
そして、レースはいまだ続いているのだ。
私が学生の頃は、日本は三位以下を大きく引き離して、ぶっちぎりの二位の状態がずっと続くと思っていた。
世界の情勢や経済がわからぬ若造だった。
ただ漫然とそう思っていた。
状態が変わる、ということは原因があるはずだ。
本稿では、私の独断と偏見でその原因を述べる。
目次
- 現場の調整は“悪”。職人技も“悪”。
- 「今できているから、必要ない。」は、周回遅れの始まり
・答えは同じ...まるで魔女裁判
・合言葉は「現状維持」 - 「職人技」という美名を隠れ蓑にした旧態文化
現場の調整は“悪”。職人技も“悪”。
あるセミナーで、ある企業の講演を聴いた。
DXを精力的に進める従業員2000名ほどの企業だ。
プレゼンターは取締役。
その内容は、一種のタブーに踏み込んだ刺激的な内容だった。
内容をかいつまんで説明する。
「調整は悪と思え。調整は技術の無さを作業者がカバーしている。」
言い換えれば、“設計技術者の無能さを製造現場の技術者がカバーしている”というわけだ。
製造業の技術を統括している取締役の言葉だ。
頭を殴られたような衝撃だった。
プレゼンは続く。
「これまでは、多くの職人がいたおかげで品質・効率がよかったが、今では、多くの職人がいたせいで技術の囲い込み・伝承不足が起きている。」
さらにダメ押しで、
「職人技は『善』から『悪』に変わった。」
と言い切る。
正義の味方だった職人が、悪の枢軸へと、格下げどころの話ではない。
かなりショッキングな表現だ。
職人が聞いたら許せないレベルだろう。
「今できているから、必要ない。」は、周回遅れの始まり
答えは同じ...まるで魔女裁判
私はいろいろな製造業でさまざまな提案をしている。
提案先として、担当者の方々とお会いすることが多い。
私の提案は、CAE活用のグランドデザインであったり、設計業務アセスメントであったりする。
提案内容は、「部署間の連携や部門の協力」が不可欠となることがある。
しかし、それに難色を示す担当者の方々のなんと多いことか…。
ある会社の例をあげる。
CAEは製造業にとって不可欠な技術であることは間違いない。
そのCAEを普及させるためには、どうしても設計部門の業務調査が必要となる。
その提案を、担当者の方が各部署に恐る恐る持ち込む。
まさに「腫れ物に触る」ようにだ。
もちろん理解を示し協力をしてくれる部署がないわけではない。
しかし多くの場合、門前払い的な扱いを受ける。
「協力している時間がない。」
「今、できているから特に必要ない。」
「設計者は忙しいから依頼できない。」
など…。
経営層や上層部が、会社の一大方針として新技術の導入と普及を指示しているにもかかわらずこの有り様だ。
また、別の会社の話だが、私の提案を役員に聞いていただく機会があった。
その席には当該部長、課長、担当者なども同席していた。
提案を説明し、役員の納得と同意を得て、「よし、やろう」ということになった。
ラインのコンセンサスは得られた。
プロジェクトのスタートだ。
私は準備を始めた。
そしてお客様からの連絡を待った。
いつまで待っても連絡がない。
しびれを切らして、こちらから連絡をしてみた。
担当者の方の答えは、
「今、量産に入っていて…」
「組織変更があって…」
「不具合がでちゃって、その対応で…」
などなど…。
プロジェクトはいつになってもスタートせず、結局はうやむやとなり、消えてしまった。
役員同席のもと得られたコンセンサスは何だったのか。
役員、管理職、担当者はどう思っているのか。
部門長は厳しいQCDと予算と売上目標に追い詰められつつ責任を果たさなければならないことを考えれば、無理もない状況だろう。
現状を維持するのが精一杯だ。
どちらにしろ、プロジェクトは進まないのだ。
答えが決まっている魔女裁判と同じである。
合言葉は「現状維持」
こういうときこそ威力を発揮しなければならないのがトップダウンだ。
経営層や上層部は声高に一般論的スローガンを唱えるだけではなく、組織の長として下を動かさねばならない。
そのための予算と権限を下に向かって与える。
以前のコラムでも述べたように、日本はトップダウンの文化に適さない。
上からの要求に多少の無理があっても、現場の調整力で対応してきた。
この強力な調整力こそが日本の製造業を支えてきたのだ。
現場の調整力によって、会社を揺るがすような大問題は起こらない。
だから経営者の現場への関心は薄れてきた。
部門の人格が匠職人のそれに重なって見える。
技術部門は、部門内でほとんどのことを解決できてしまう。
指示通りのパフォーマンスをだしているのだから何の問題もなかろう。
新しい技術やプロセスを取り入れるには時間や人材のリソースが必要となる。
現場の正論としてはもっともであるが、その気質が部門内に染み渡ると、それを変えるのは難しい。
不可能とさえ思える。
私は3D CADの有効利用の仕事もしてきたが、ある程度の規模の企業では、部署ごとに使っているCADが異なることが多かった。
部署間のデータのやり取りを考えれば、あり得ない状況である。
しかし、自部門のやり方を変えるなど考えられないのだ。
「うちの部署の担当業務では、このCADが一番、効率がいい。」
各部署の言い分はわかるが、これでは全体最適化などできるはずがない。
それと同時に自然発生的に「技術の囲い込み」が生じる。
望んでいないのに、そうなってしまう。
全体最適化を目指す経営層の丸投げ的命令によって、例えばCADなどの設計ツールを統一しようとするとどうなるか。
自部門の使っているツールややり方を会社の標準にしようと覇権争いがはじまる。
それに費やすエネルギーはそれ相当だ。
やがて争いに疲れ、ツールの統一はうやむやになってしまう。
「ツールの変更? やってもいいですけど、設計生産性がダウンしますよ? それでいいんですね?」
まるで脅迫のような部門長の言葉にうなずける経営層はほとんどいない。
部門長は生産性を守らなくてはならない。
取引条件があるのは当然である。
「職人技」という美名を隠れ蓑にした旧態文化
当たり前だが、文化を変えるのは難しい。
外国を訪れたことがある人であれば如実にわかることだ。
この日本国内だけでも文化の差は存在し、年末になるとテレビのバラエティ番組では「全国のお雑煮の味付けと具材」の違いを面白おかしく紹介する。
文化を変えるのは難しいのではなく、文化は変わらないのかもしれない。
変わらないものが文化なのかもしれない。
日本製造業の部署が持つ匠的な気質や文化は、デジタルトランスフォーメーションの流れの中で「善」から「悪」になってしまった。
強力な現場力が、経営層や他の部署にバリアを作りだしてしまった。
「職人技」という美名のもとで、数値化・形式知化を怠ったことが、製造業におけるデジタル技術の活用を遅らせたのではないか。
少子化に伴う労働人口の減少もあり、このままでは、諸外国にどんどん追い抜かれ、本当に周回遅れになってしまう。
かなりの努力をしても現状維持といったところか。
では、どうすればいいのか。
ChatGPT的な答えは、誰でも、いくらでも思いつく。
・デジタルトランスフォーメーションの加速 ・イノベーションの促進と付加価値の創出 ・グローバル視点での市場戦略の再構築 ・持続可能性を意識した製品とプロセスの開発 ・柔軟な人材育成と働き方改革 ・次世代リーダーシップと変革意識の醸成 ・… |
もっともらしい抽象的な言葉が宙を舞う。
いくら考えても具体的施策は出てこない。
文化を変えられないのなら、文化を創るしかない。
それには長い時間が必要となる。
遡れば、大学教育、企業内の初等教育まで考え直さなければならない。
「時の氏神」に頼るしかないのだ。
文化を一足飛びに変える方法がひとつだけある。
それは革命を起こすことだ。
「革命」という言葉が物騒に聞こえるのであれば、「業務改革」でもいい。
改革のレベルが高く範囲も広ければ、改革は革命になる。
これまでの仕事の中で、何度か革命を起こす場面を見た。
諸々のリスクを承知で「よしっ、オレがやってやる!」というプロジェクトXの登場人物のような人がいたのだ。
革命には強烈なカリスマ性を持ったリーダーが必要だ。
経営層や各部門と渡り合い、自分も相手も傷つき血を流す覚悟がいる。
そんな覚悟を持った人財が現れない限り、日本は自分を追い抜いていく諸国の背中を見続けることになるだろう。
次の回 「第七章:3D設計のもたらす製造業ビジネス変革と日本の状況 ~内田孝尚氏との対談<前編>~」へ
第二章で少し紹介した内田孝尚氏という方がいる。
大手自動車会社で責任者としてCADとCAEを推進した人物で、退職した今でも精力的に評論・執筆活動を続けており、この業界では知る人ぞ知る重鎮だ。
近々、彼と「ニッポン製造業にグレート・リセットが必要な理由」について語り合う計画がある。
彼の経験談や製造業の今後について示唆されたことを、このコラムでも共有できればと考えている。
本コラムの感想をお送りいただいた方の中から、抽選で30名の方に、拙著を寄贈したいと考えています。
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