序章:このコラムの誕生について

日本の製造業にはグレート・リセットが必要です。 根本から変わらなければならないと思っています。
このままでは日本の製造業は欧米に周回遅れとなり、さらにアジア諸国にも抜かれます。
これまでのやり方がどうの、組織体制がどうの、社風がどうの、などと言っている場合ではありません。

このコラムでは、日本の製造業にグレート・リセットが必要な理由を詳細に書いていきます。

日本製造業復権の主人公は、製造業に携わる皆さんです。
皆さんが、グレート・リセットを敢行し、その中に日本の製造業の「匠の技」、「ワイガヤ設計」などの長所を折り込み、日本独自のバーチャルエンジニアリングの手法を練り上げることができれば、日本の製造業の未来は明るいはずです。

このコラムがそのための議論のきっかけを提供できれば、それ以上にうれしいことはありません。

栗崎 彰

このコラムを書く人は誰か…私のプロフィール

私は著名人ではないので、これまでの経歴を紹介することによって、このコラムの内容がどれだけ読むに値するかを判断していただきたいと考えています。
誰が書いたか興味がない方は、どうぞ次の章からお読みください。

 

わたしの半生:PCのない時代の構造解析

私は1958年、東京生まれ。このコラムを執筆している時点(2024年)で65才です。
43年間、3D設計やCAE(Computer Aided Engineering)の仕事をしています。
大学と大学院では、建築の耐震工学を専攻しました。まだPCのない時代、卒論と修士論文で大型コンピューターを使ったことがきっかけで、構造解析や流体解析を行う数値解析会社に入社しました。

その会社では「構造部」に配属され、そこでMSC/Nastranを使いながら、構造解析を学びました。
Nastranのデータ作成は全部が手作業でした。図面に有限要素分割のメッシュ図を描き、網の目状のメッシュの点と面にすべて番号をふります。
交点の座標を電卓で計算し、交点の座標と面の構成番号をすべてパンチカードに打ち込みます。
そのカードの集合体であるカードデックをカード読み取り装置でコンピューターに入力し、計算させます。
計算結果はプリント用紙で出力されます。マーカーと付箋を手に、数千ページのプリンタ用紙をめくりながら、最大応力値を探します。

今では10分で終わることが一ヶ月くらいかかりました。頭脳より体力勝負の仕事でした。

20代後半、今ほど転職が盛んではない時代でしたが、米国企業SDRC (Stractural Dynamics Research Corporation )という会社に転職しました(2007年独シーメンス社に吸収合併)。
後々に知ったのですが、SDRCの創設者Jason R. Lemon 博士こそ、「CAE」という言葉と概念の提唱者でした。

SDRC社は、3D形状の作成に欠かせないソリッド・モデラーの先駆者でもありました。今でこそ、ソリッド・ベースの3D CAD全盛期ですが、当時最先端だったCATIA(仏ダッソーシステムズ社開発のCADソフトウェア)もまだサーフェス・モデラーだったと記憶しています。

誇りを持ってものづくり現場の課題解決に尽力したCAE専任者時代

前職で解析データを作ることがどれほど大変なことか身に染みていた私にとって、解析データの自動生成は魔法のように魅力的でした。

解析データを自動生成するためには、何が必要か。
それはもとになる「形状」です。

ソリッド・モデラーで作成した「形状」があれば、解析データを自動生成することが可能になり、CAEの作業効率を飛躍的に高めることができるのです。
企業にCAE専任者がほとんどいなかった当時、我々そのものがCAE専任者であり職業でした。

CAEにはふたつの方向性があると思います。
ひとつは計算力学的な方向性です。解析技術を進化させるためには必須で、CAEの用途として最も一般的と考えられている方向性と言えるでしょう。
もうひとつは、設計者寄りの解析活用術です。私はものづくりの現場に近い課題解決に興味を持っていたため、設計者のためのCAE活用に尽力してきました。必然的に現場の設計者と接することが多くなり、さまざまな業界の設計現場でたくさんのことを学びました。

同時に、最新のCAEツールを持ちながら、部署間の遠慮や忖度のせいで、設計にCAEが活用されていない現場を二十数年間見続けてきました。そのコントロールができない上層部に苛ついたことは数えきれません。

このような状態のままだと、日本の製造業はどうなってしまうのだろうという危機感は募る一方です。

製造業に恩返しをするとき

私は日本の製造業のおかげで、大した不自由もなく六十数年を生き抜くことができました。
製造業に関わる方々のサポートをすることに誇りを持って懸命に仕事をしてきました。
例えば、SNSのような各種Webサービスは不具合があっても修正すればいい。
一方で製品は、時にはそれを使う人の生命にも配慮しなければなりません。
Webサービスとは、緊張感も格も違うのです。
製造業に関わる人々と働くことによって、そんな緊張感をわずかでも共有できることが誇らしいです。

ある会社の理念で「つくる情熱を、支える情熱。」というものがありました。今では使われなくなってしまいましたが、この理念は今も私の中で息づいています。

40年以上、同じことをやっていると、それなりにノウハウが溜まります。
会社員としての務めを終えた今、お世話になった製造業に恩返しする番として、自分の持つノウハウを機械学会の勉強会や、各県の工業技術センターなどが主催するセミナーでお話する機会や、大学で特別講義を持たせていただくことも増えてきました。

このコラム執筆を始めたいと考えたのも、製造業への恩返しの一つです。

ここでは、皆さんの耳が痛くなることしか書きません

私はこのコラムに書きたいことを書きます。一切の忖度や宣伝は抜きで、学会や大学の講義では口に出せないようなことも、必要と感じたら書いていきたいと考えています。時には、極端な意見や間違った解釈もあるかもしれませんが、そのように感じられたら、感想やコメントも歓迎します。

製造業の経営者の方々は、このコラムのほんの一片だけでもいいので、経営のヒントにしていただきたい。

担当者の方々であれば、このコラムを上司に紹介していただきたい。

このコラムはまだ始まったばかりですが、いつまで続き、どこまで広がるか、私自身もまだ決めていません。読んでくださる皆さんと共に育てていきたいと考えています。

連載には、縁あってサイバネットシステム株式会社(以下、サイバネット)のWebサイトのサブドメインを提供していただいています。
サイバネットは日本のCAEサポート会社として40年近い実績があります。
より多くの方々の目に留まるよう、サブドメインをお借りしましたこと、この場をお借りして感謝の意を表明します。